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「がんす横丁」に登場する、国泰寺クスノキと名井屋 広島コーヒーブログ Vol.282 投稿日:2018年08月8日

こんにちは。

広島コーヒー.comを運営しています、名井珈琲商店です。

薄田太郎氏の著書、「がんす横丁」。

原子爆弾でカイメツ前の広島市内の、盛り場、映画館、芝居小屋、うまいお店、裏小路の様子などがかれた本です。 

新天地界隈

盛り場の小屋

サーカスそう話

活動写真

素劇団のあゆみ

町角にあった風景

などなど。

 

表紙絵は、洋画家・福井芳郎氏の「国泰寺クスノキ」。

戦前、白神社(広島市中区中町)の場所に、

浅野の殿様の先祖代々のお墓がある、国泰寺というお寺がありました。

国泰寺の境内には、それはそれは大きなクスノキがあり、

大きな枝が空を覆っていたため昼間も暗く、

お化けがでる!という噂が立つほど。

この大木に人々は敬意を表し、チンチン電車の線路建設の際は、クスノキが根を犠牲にすることがないように、大回りしてつくられた。

さて、「がんす横丁」に、名井珈琲商店の前身「名井屋喫茶店」も、

“うまいもの店” として登場します。

現代ばやりの喫茶店となると、東部地方で最初の店というより、

ヒロシマの草分けとなった喫茶店らしいものの出現は、

やはり新天地開場間もなく、流川筋に開店された名井屋である。

主人がアメリカ帰りであるだけに、すべての設備がいわゆるアメリカン・スタイルで、

店のうちに飾られた洋画は、この店の若主人(名井萬亀)がフランスから持ち帰ったばかりの作品を並べて、

ヒロシマ美術界への一投石を試みた結果になった。

この店は、冬のさ中でもアイスクリームがあるというのが評判で、

のちに徳永氏が東新天地入り口に名井屋支店を出し、

さらにのち昭和15年ごろには、金座街に階下喫茶、階上食堂の名井屋本店が現れた。

名井屋喫茶店の包装紙 (疎開先にあったので焼けずに残った。)

「名井屋」については、写真は全く残っていないので、

この本「がんす横丁」にかかれた情報で、ありし日のお店の様子を想像するしか、方法はありません。

著者の薄田太郎氏に、感謝の意を表します。


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